三島の浮世絵
題名 末廣五十三次 三島
年代 慶応元年(1865)
絵師 歌川広重 二代
版元 藤岡屋慶次郎
「末広五十三次」や「末広五十三駅図会」と呼ばれるシリーズの中の「三島」です
慶応元年年(1865)に14代将軍「徳川家茂」が「第二次長州征伐」の指揮を執るために
大坂城へ向かう3000人の武装行列を従えて上洛する様子を
月岡芳年、落合芳幾、歌川貞秀、二代歌川広重、豊原国周らが分担して描いた作品です
三島は二代広重と藤岡屋が担当しました
三島は三島大社の神様のお使いとして、ウナギを食べることを禁忌としている町でした
うなぎを食べるようになったきっかけは、この3年後の戊辰戦争(慶応4年(1868))で
官軍が江戸に向かう途中、薩長兵が三島大社の池に沢山いるウナギを捕まえて
食べてから始まったそうです
徳川実記では二代将軍秀忠の『台徳院殿御実記』に三島の出来事が書かれています
秀忠が三島で宿泊した時に御家来がウナギを食べたのを秀忠が知り
秀忠は怒り街はずれでその家臣を磔(はりつけ)にしました
日本の中で唯一ウナギを食べて磔が行われた場所です
※徳川実記は軍記物とは違い公式な記録です
国立公文書館、国立国会図書館で復刻版ですが閲覧できますので興味がある方は
「台徳院殿御実記付録五」「御実記」「徳川実記」などで検索してください
うなぎ食の禁忌
三島の他にもウナギを信仰し食べない地域は各地にありました
特に多いのは虚空蔵菩薩を信仰する地域で、鰻は虚空蔵菩薩の眷属とされているため
食べると村に水害が起こるなど、昔話として地域の人達に口伝されています
日本各地を調べた訳ではありませんんが、地名に虚空蔵がつく
虚空蔵山、虚空蔵川、虚空蔵池などの近くでは食べないと所が多いと思います
「
金毘羅様
」は少しレアなケースで禁忌はわかりませんが、神社でも氏神様の眷属と
されている場所は多く残っており、やはり禁忌とされています
また、信仰の対象というよりウナギの禁忌が先に立ち、祟りを恐れる口伝も
多くの地域であり、ウナギの不思議な生態や姿が人間では対処できない自然の驚異に対して
水を象徴するものとしてウナギが崇められていたのかもしれません
日本だけでなく南太平洋でも禁忌は多く残っております
海外切手の「
トンガ
」は、ヤシの実誕生の伝説として、うなぎ神とヒーナの物語を
記念切手として発行したものです この話はオセアニアの各島々で残っています
「
ニューカレドニア
」はカナック族に伝わる神話「ウナギの女王」の人間にとって
恐ろしくもあり同時に恩恵を与えるとして語られている神話だそうです
20年以上、気にしていますが伝説の内容がわかりません
その他にも日本の信仰とは少し異なり
トーテム(血縁集団が特別な関係を持つと信じる動植物や自然現象)としての信仰が多いようです
しかし血族とされる人以外は食べていますので鰻の郷土料理があるのが面白いです
「うなドン 南の楽園にょろり旅」の青山先生がこの本を出版したころ
調査のため現地に入ると、白い目で見られ殺気を感じるほど嫌われているのを実感したと
笑って話していたのを思い出します
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