国際日本文化研究センター
怪異・妖怪伝承 データベース
より
胡麻模様の鰻
岡山県倉敷市玉島
要約
備中玉島の鰻屋に胡麻模様の鰻が届けられた夜、家内の人たちの夢にその鰻が現れ
私だけが先に捕まったが、夫婦一緒に死にたいと語った。不思議に思いその鰻を取っておくと
後日同じ模様の鰻が届けられたので2匹とも元の水の中に逃がした
論文名「中陵漫録」執筆者 佐藤成裕
参考資料 日本随筆大成第3期3巻
備中玉島は岡山県倉敷市西部の「玉島地区」のことで、江戸時代に備中松山藩などが大規模な干拓を
行ってつくった新田の上に発達した港町です 現在は倉敷市の一地域になっています
隣接する倉敷村は寛永十九年一六四二年に幕府直轄領となり
周辺の幕府領支配と年貢収納の拠点になりました 瀬戸内沿岸の物資集散地として発展しました
一方で玉島は、高梁川河口近くの干拓地に築かれた港町で、備中松山藩の外港として発達しつつ
やがて瀬戸内海航路と北前船の寄港地として大きく栄えました
どちらも港町や問屋筋には、旅籠や茶屋、料理屋が並び、
往来する商人や船乗りに魚料理や酒肴を出していました
中継基地ですので他国の食文化も吸収しやすかったのですが、往来する商人や船乗りが
求める食は、時間のかからない蕎麦や名物の餅・饅頭といった簡単な飲食だったのでは
ないのでしょうあか もちろん鰻屋があったとしてもおかしくはないのですが
江戸、京阪の大都会とは違いますので店舗数は限られてしまい
どこの鰻屋の話かわかってしまうと思います
佐藤成裕(佐藤成裕中陵)は江戸時代の本草学者ですので生物は詳しいです
なぜ胡麻模様の鰻と書いたのか、単に伝承が胡麻模様の鰻だったのか知りたいですね
それにしても、鰻屋さんは逃がしてよかったですね、話の流れからして
怪談になるような結末になるのですが、、、
参考資料
日本遺産ポータルサイト
倉敷市公式ホームページ
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