うなぎ雑学




うなぎ信仰 東北地方


鰻食の禁忌

青森県 津軽郡 長橋村 福山
現 五所川原市 福山


 津軽地方の新田開発は、1620年の「新田開発令」により本格化し、19世紀にかけて、現在の
津軽平野の中央から北側(木造、五所川原、金木等)の大部分を津軽藩が開田しました
五所川原市一帯は、岩木川と十三湖に囲まれた低湿地が多く、昔から「水と付き合う土地」でした
現在の市域北西部は、近年まで水害の常襲地帯だったことが、発掘調査の年表でも示されています



伝承

長橋村福山辺では金毘羅神が島流しされた時、蟹の甲羅に乗り八っ目鰻に引かれて
命を救われたので、信徒は蟹と鰻を食わぬという

※【津軽口碑集】

※津軽口碑集(つがるこうひしゅう)は、昭和4年に内田邦彦さんがまとめられた採話集で
津軽地方に伝わる昔話・伝説・世間話以外にも妖怪の話や信仰に関わる話も
含まれる口承文芸を集めた資料です



岡山県日生町の金毘羅さんの話と似ています
今度は金毘羅さまの由来を調べないとならないのですが時間が掛かりそうなので少しだけ・・・
ガンジス川の水神「グンピーラ」からという説と、十二神将の筆頭である「宮比羅大将」という説が
あるみたいですが、どちらも元々はインド由来ですので大陸から伝承になると考えれば
岡山と青森は近い距離だという事になりますね


十三湊遺跡ー五所川原市のサイトに大陸との交易が少し書かれています
『 十三湖西岸の「十三湊」は、鎌倉〜室町期にかけて北日本有数の港町として大きく栄えました
津軽地方の豪族・安東氏が拠点を置き、日本海沿岸だけでなく北海道や樺太、朝鮮・中国方面とも
交易を行い、日本有数の港として数えられています
戦国時代に入ると、安東氏の衰退や津波による被害が伝えられ、十三湊は急速に姿を消し、
「幻の港町」と呼ばれてきましたが、平成以降の発掘で実態がかなり明らかになっています』



参考資料
地域の歴史:東北農政局
内田邦彦著「津軽口碑集」
松井魁著「鰻学」「うなぎの本」
後藤明著「ものいう魚たち」
十三湊遺跡(とさみなといせき) - 五所川原市






近くの名勝や名物

太宰治記念館 斜陽館



十三湖



立ちねぷた行燈



津軽鉄道 ストーブ列車






しじみラーメン



津軽そば







































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