うなぎ雑学




うなぎ信仰 近畿地方


伝承

和歌山県海草郡岩橋村 海神社
現 和歌山市岩橋
現在の岩橋には海神社が無く、岩橋から約10キロ上流の紀の川市に海神社が2か所あります


奈良時代、この地域には「紀伊国分寺」が置かれました
平安時代には、高野山や貴族の荘園が置かれ、このあたりは都と高野山を結ぶ
交通・信仰の通り道としても重要でした
江戸時代になると、和歌山から奈良・三重へ抜ける「大和街道」が整備され、
紀の川市域には宿場町や本陣が置かれました



伝承

和歌山県海草郡岩橋村の海神社を土地の人は「鰻の宮」という
鰻は海神が釣ったのかもしれない

※【紀伊続風土記】


※紀伊続風土記(きいぞくふどき)は、江戸時代後期に紀州藩が編さんした紀伊国一円の地誌で
紀伊国研究の基本史料とされています 近世の紀伊国を知るうえで最重要級の資料とされ、
現在の研究でも頻繁に参照されています



紀の川市の海神社は
 平安の時代初期には当地に鎮座していた古い神社です 祭神は豊玉彦命と国津命の二神で
人皇11代垂仁天皇の御代、明神が熊野の楯が崎に出現するのを見た忌部の宿弥(いんべのすくね)が
創立したと伝えられる神社

松井先生が沢山ある伝承の中から、信仰や禁忌が無い、この文献を掲載した理由がよくわかりません
紀伊続風土記が地誌の中でも優れているということなのでしょうか



参考資料
和歌山河川国道事務所
松井魁著「鰻学」「うなぎの本」
紀伊続風土記とは - コトバンク





近くの名勝や名物

和歌山城


紀三井寺 楼門



紀の川河口に架かる青岸橋



和歌浦天満宮







梅入りぶっかけうどん



せち焼き







































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