うなぎ信仰 関東地方
伝承
高垣明神
群馬県北甘楽郡富岡町大字曾木
現
富岡市 曽木
江戸幕府の政策で新田開発が進み、検地の結果、土地条件の厳しい場所があえて新田として
選ばれて開発されました 明治政府が日本初の官営模範製糸工場として富岡製糸場を設立
生糸の品質向上と大量生産を目指し、日本の近代産業と輸出経済の中心的役割を担いました
鏑川流域では、かつて支川での氾濫が頻発していたため、昭和30年代以降に河川改修が行われてます
片目の魚
上州曽木の高垣明神では、社の左手に清い泉がありました。
旱(ひでり)にも涸(か)れず、霖雨(ながあめ)にも
濁らず、一町ばかり流れて大川に落ちますが、その間に住む鰻だけは皆片目であった。
それが川へはいると、また普通の眼二つになるといいましたが、
それでもこの明神の氏子は、鰻だけは決して食べなかったそうです。
(山吹日記。群馬県北甘楽郡富岡町曽木)
富岡市に高垣明神は確認できません 合祀により無くなったのでしょうか
参考資料
全国都市監査委員会本部通信
群馬県ホームページ(河川課)
柳田国男著「日本の伝説」
松井魁著「鰻学」「うなぎの本」
筒井功著「ウナギと日本人」
近くの名勝や名物
上信電鉄上州富岡駅
富岡製糸場
甘楽町雄川
妙義山
妙義山 天狗のひょうてい
おっきりこみ
焼きまんじゅう
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