うなぎ雑学




うなぎ信仰 中国四国地方

伝説

 阿波国海部郡海部谷枝谷の母川
現 徳島県海陽町高園母川(せり割り岩)


海陽町一帯は、古くから海上交通の要地として栄え
阿波の国は四国一と言われる海運力を持っていたと伝えられます
母川は、海部川の支流で、河口から上流へ約1.1キロ付近で海部川右岸側から合流します

湧水が流れ込むきれいな清流で母川のオオウナギ棲息地は大正12年から
国の天然記念物に指定されています



そして二つ伝説が同じ岩に伝わっています

母川の鰻

「せり割り岩」の岩の割れ目に隠れていた親鰻が割れ目から出られなくなってしまい
子鰻達が母鰻へ餌を運び続けて、母鰻の体が大きくなり、とうとうその岩を割ってしまい
「せり割り岩」という名前になったった



次のような物語も伝わっています


耳の生えた鰻淵の主鰻、母親を呑む 母川の孝子

幼い娘と母親が淵の近くへ行き母親が洗濯を始めると
大鰻が頭を出し、娘が見ている前で母親をくわえて、そのまま水中へ潜っていきました

娘はお母の仇をとりたいと思い、毎日のように小さな手で淵の水をすくいだしはじめました

川の水をすくっていると、一人の旅の僧が声を掛けてきました
今までのことを話し、母親の仇をとるために水をすくっていると話すと
旅の僧は、淵の岩の上に立ち呪文を唱え始めました

すると、岩の裂けるような音が聞こえ
旅の僧は娘に、あの大鰻はあの洞窟から二度と出られなくなったと告げて去っていきました

この僧は諸国を遍歴していた弘法大師で、大鰻は弘法大師の呪文によって
急に体が肥大して洞窟から二度と出られなくなったそうです

【阿波名所図会、希事雑】



「うなぎの本」では3ページ以上の長い物語の最後に【阿波名所図会、希事雑】と書かれています
しかし徳島県立図書館の蔵書に「阿波名所図会」「阿州希事雑」があり、webで確認できるのですが
どちらにも母川の鰻は書かれていますが、弘法大師が登場する物語は書かれていません

「阿波名所図会」のには、大鰻が太って洞(ほら)から出れなくなった時に
岩を割って出たので「せり割り」と名付けたという内容が書かれていました

松井先生にしては長文の話なのでどこから引用された話か気になりますね


伝説や昔話は口伝えや古文書などに書かれている
わずかな文章を
大きく展開させて書かれているものが大半をしめますので、著作権があり
そのまま詳しくは紹介できないのが残念です


「阿州希事雑」徳島県立図書館蔵


「阿波名所図会」徳島県立図書館蔵

「母川鰻」海部郡園瀬村の山際にあり  この川の 一方は山 一方は田地なり
その山の巌の下、淵にして底を知らず  此大魚 岩の下をうがつてすむならん
一尾の親鰻 この巌の洞にて大り 出る事あたはず  昔時いでんとして 岩をせりわりたればとて
せりわり岩と名く 今 常にとるところの鰻は 大さ一尺五六寸 長さ三尺四五寸なり
常に小魚を追ひ これを呑て食とす



参考資料
松井魁著「鰻学」「うなぎの本」
佐野賢治著「虚空菩薩信仰の研究」
筒井功著「ウナギと日本人」
徳島県立図書館蔵 阿波名所図会下 十六-十七頁 母川鰻
徳島県立図書館蔵 阿州希事雑 母川の鰻
国土交通省四国地方整備局ホームページ
海陽町観光協会ホームページ





近くの名勝や名物

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