うなぎの浮世絵ロゴ






題名  東京名所三十六戯撰「大川はた百本杭」

年代  明治5年(1872年)
絵師  昇斎 一景
版元  万屋孫兵衛

江戸から東京に変わり その名所36か所をおもしろおかしく画いたシリーズです
百本杭の前で鮒や鯉のウキ釣りをしていたら外道のウナギがかかってしまい
隣の釣り人の仕掛けに絡まって 大騒ぎをしている様子や
釣りをしている子供が、急な雨で子供の釣り竿を取りあげて帰ろうとする
母親の着物の袖を掴んで泣きじゃくる様子など、現代と変わらぬ様子で面白いです

「百本杭」は水の勢いを弱めるための治水が目的で打ち込まれた多数の杭(くい)の事です
そんな場所は魚にとって住みやすく江戸時代には釣りの名所として知られていたようです


昭和5年発行「釣魚秘伝集」大橋青湖 著には江戸時代に書かれた
釣りの秘伝書12編の文献を集めた秘伝集です その中に「百本杭」の
江戸末期から明治にかけての浮世絵が挿絵として書かれています

左 両国百本杭の鯉釣 広重(二代)
中 大川端百本杭   一景  
右 両国百本杭の夜景 筆者不詳

「釣魚秘伝集」は魚種別の釣り方、魚種別の釣の道具、釣れる場所や日時
釣道具屋の名前と場所など 驚くほど詳細に挿絵や地図も交えて書かれ
江戸時代に書かれたとは思えないぐらいの内容です

しかし私の探し方が悪いのか12の秘伝書には「百本杭」の文字は見つけられませんでした
確実に釣の名所として知られていたのは間違いないと思いますが
唯一 天保四年「東都釣案内図」筆者不明の絵図に記されています
  
「百本杭」には釣る印がありません
釣りの「秘伝書」なので見た目でも釣りで賑わってる様子がわかる「百本杭」などは
除外されていたのかもしれません 


「東都釣案内図」の序文には

東京都釣案内圖 序
予此書を著するハ、諸人に釣をすゝむるにあらず、
只営業とする漁師が便になさん爲として、 繁務の人が偶々の釣り慰み保養ともなるべけれど、 徒に家業を放ち學問を忘り釣するハ、もっともあしき行なり、
且水練船手の心得なくて船釣等に出るは極めてあやうきなれば ゆめゆめつつしむべし。
天保四年の頃 著者誌

「百本杭」が記されないのもわりますね






































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