うなぎ雑学





鰻塚や供養塔


田口理恵、関いずみ、加藤登 の3先生が平成22年(2010年)に発表された
「東海大学海洋研究所研究報告」の『魚類への供養に関する研究』では
全国で魚霊供養碑は1141基が確認されており、その多くは明治以降に建てられています

江戸時代までの単体を対象とした供養碑ではウミガメ(226基)とクジラ(200基)が多くあり
ウナギは一つも無く、近代にはいり建立されたものが約10基ほど書かれています

供養碑の全体を知るうえで、今までになかった大変貴重な論文です


この文献は、漁協・水産試験場などにアンケートを計2141団体に行い893件の回答が得られ
その他に、先行研究、郷土資料、民俗誌、インターネット情報を収集し
それらをもとに、現地調査を行い書かれました

しかし、鰻塚や供養塔は個人や店舗などでも建立されたり、供養のためだけとは限りませんので
この調査方法では、見落とされてしまっている鰻塚、供養塔のほうが多く存在します



鰻塚は他の魚に見られる、供養のためという単一的な目的ではなく
信仰、禁忌、祟り封じ、産業、観光などのまったく異なる目的で建立されています
小さな石を積むだけの簡単なもや、それすら存在しない物
逆に、団体、組織で建立した立派な塚や供養塔まであります

とくに「祟り封じ」は鰻を殺した祟りを恐れ、塚(土を高く盛った墓)をつくって祀っていたので
石碑などなく、小さな祠(ほこら)や止め石(とめいし)があったかもしれませんが、いつの間にか無くなり、
僅かな伝承と名前だけが現在残っています
この「祟り封じ」のための鰻塚が一番古いタイプになり「鰻塚」の始まりになります


ウナギは明治以前は信仰や伝承として、多くが神格化され祀られていました
また、もっと古い時代からあったとされる、主に東北地方で見られる信仰とも言えない
小さな石積みの塚や、それすら無い禁忌(タブー)または祟りを、集落単位、記録に残りにくい一家族単位の
口伝えでウナギが祀られていました  小さな石積みも塚と言えば塚になります

その中から江戸時代に神格化されたものは「塚」ではなくなりますが「御神体、御本尊」または神仏の
「使い、眷属」として祀られているので、その多くが記録に残り確認することができます
(※信仰では古代信仰の竜神信仰などが古くから存在しています)


大正以降になると、ウナギの養殖技術の普及によりウナギを扱う職業の
養殖関係の「養鰻生産者」出荷荷受けの「鰻問屋」調理販売の「鰻料理店」がそれぞれ
殺生への慰霊と感謝、稚魚の豊漁、商売繁盛などを願い鰻塚や供養塔を建立し、供養祭が行われています

昭和後期から平成以降は、町おこしや観光も加わり、店舗や会社などでも供養塔が建てられます

逆に、養鰻業が衰退し、数多くあった養鰻組合や団体も廃止や統合がおこなわれて、消滅してしまい
店舗で建立された塚や供養塔も、店自体が廃業し店舗が無くなっています その結果、
日本人の感情で、塚や供養塔はなかなか壊すということができずに、塚だけが残され
祀る人も居なくなり、いつのまにか忘れられてしまった鰻塚も見受けられます


※店自体が廃業し供養碑だけ残っているものも確認できますが
経営者ご家族様のお気持ちもありますので掲載していません

名前だけ残る鰻塚
京都府亀岡市余部風の口
現 亀岡市余部町鰻塚

昔、丹波が湖水であったとき、大鰻が棲んでいて人を喰った
村人は協力してこれを殺して埋めた処だという
「口丹波口碑集」
愛知県宝飯郡長沢村
現 豊川市長沢町西千束

坂上田村麻呂が東征のとき、僧に化けている大鰻を殺した後、この沼の水を汲むものが疫病にかかったため、塚を建てた
 
石碑が確認できる塚や供養塔
所在町 所在地  形式または碑銘   建立年 備考 
九州、四国  
 鹿児島県
曽於郡大崎町
 おおさき町鰻加工組合 内 うなぎ供養塔    毎年10月ごろおおさき町鰻加工組合の主催で鰻供養祭が行われています
  鹿児島県
鹿屋市
大隅地区養まん漁協 内   鰻魂碑    組合員、職員により、うなぎ供養祭が実施されます 
  鹿児島県
薩摩川内市
薩摩川内うなぎ
(株)の工場内
 
 うなぎの供養塔   職員により、うなぎ供養祭が実施されます 
 宮崎県
宮崎市佐土原
  うなぎ供養碑  昭和55年  佐土原養鰻組合解散のため
詳細不明 
 福岡県
柳川市坂元町
 日吉神社  うなぎ供養碑  昭和42年  筑後路の旅を思へば水の里や
柳川うなぎのことに恋しき 劉寒吉(刻字) 
 愛媛県
松野町
松丸駅附近
広見川沿い
 
 鰻魂碑    
徳島県
板野郡松茂町 
呑海寺  うなぎ供養塔   昭和45年   中㐂来養鰻組合建立  
中国、関西
 岡山県
岡山市藤田
藤田神社分社 魚魂碑 昭和34年 岡山養鰻振興会(今はありません)建立 
藤田クリーンリサイクルセンター内 
京都府
東山区本町
三島神社 神使「鰻」の像 毎年10月26日に三嶋神社
三嶋神社祈願所(瀧尾神社境内地内)にて供養祭開催 
東海  
岐阜県
多治見市本町
老鰻亭 魚関 前 鰻塚  平成15年 魚関三代目村手三郎右エ門関長さん建立 
陶芸家 加藤孝造氏(人間国宝) 筆
  愛知県
豊田市小坂町
 洞泉寺 鳥獣魚貝類
うなぎ供養塔 
昭和62年  豊田市飲食業組合にて鳥獣魚貝類うなぎ供養祭開催
 ※鰻単体ではありません
愛知県
豊橋市浜道町
御廐橋右岸 養鰻諸牲鎭魂守護攸  昭和48年  豊橋南部養鰻組合(今はありません)建之 
静岡県
浜松市舞阪町 
弁天島公園 魚籃観音 昭和12年 昭和12年中ノ島に浜名水産会が建立
昭和43年に現在の乙女園に移転している

浜名湖養鰻組合主催鰻供養祭 
静岡県
袋井市久能
可睡斎 魚籃観音 中遠養鰻漁業組合供養祭(今はありません)
※ウナギ単体の供養碑ではない
静岡県
榛原郡吉田町 
静岡うなぎ漁業協同組合 内 魚籃観音 昭和53年 静岡うなぎ漁業協同組合さんが,同町の成因寺
魚籃観音の御分身像を昭和53年に同町川尻に建立
その後漁協内に移転
静岡県
駿河区丸子
観昌院 うなぎ供養之碑 平成7年 静岡市蒲焼業組合建之 
静岡県
伊東市
佛現寺 鰻供養之碑 昭和53年 伊東うなぎ養成場建之
関東信越
長野県
岡谷市
諏訪湖
釜口水門付近
うなぎ供養塔 平成16年以降 「寒の土用発祥の地」石碑建立後
長野県
岡谷市川岸東
やなのうなぎ観光荘 内 うなぎ供養塔 平成14年 長野県岡谷市川岸東5丁目18-14 
東京都
豊島区西巣鴨
妙光寺 うなぎ供養塔 昭和35年 東京うなぎ蒲焼商組合
東京淡水魚組合
埼玉県
川口市桜町
うなぎ竹江の裏 
見沼代用水東緑沿
川魚供養碑  昭和54年   
埼玉県
三郷市彦倉 
彦倉虚空蔵尊  うなぎ供養塔 平成17年 彦倉虚空蔵尊HP 
千葉県
我孫子市
都部新田
水神社 うなぎ塚
鰻魚及一切水族靈
(石字)
明治35年  手賀沼の主とされる大鰻を捕まえた漁師が
亡くなったのはその祟りとされ、
怖れをなした
村人が正泉寺鐘楼門左前に
鰻塚を築き建立され
後に水神社に移されました
  千葉県
市原市潤井戸
八幡屋さん
駐車場内
 
うなぎ供養塔   平成4年  
 千葉県
南房総市 岩糸
丸氏本家跡  鰻塚 江戸期 
※推測
昔話皆倉堰の大鰻 」南房総市ホームページ 参照
※丸氏分家さんが管理している私有地内
東北、北海道  
宮城県
宮城郡松島町
瑞巌寺 鰻塚 大正12年  鰻塚供養祭 
宮城県
石巻市中央
永巌寺 鰻塚    
秋田県
秋田市大町 
仕出しのせきや内 鰻塚  平成5年  
 岩手県
釜石市
石応禅寺   うなぎ供養塔 昭和30年代 釜石市大只越町1丁目1−1
 大只越公園(青葉公園)内 
北海道
亀田郡七飯町
大沼国定公園
鰻塚の島
鰻塚 昭和30年 函館川魚會建立
2026年作成





  岐阜県 多治見市 本町
老鰻亭魚関さん
鰻塚

愛知県 豊田市 小坂町
 洞泉寺
鳥獣魚貝類うなぎ供養塔

  静岡県 浜名湖 弁天島
乙女園 内
魚籃観音(うなぎ観音)
 
静岡県 榛原郡 吉田町
静岡うなぎ漁協出荷場 内
成因寺魚籃観音御分身像
 
静岡県 榛原郡 吉田町
ての字 吉田工場 内
昭和61年愛知県壁谷氏寄贈

静岡県 静岡市 駿河区丸子
歓昌院
うなぎ供養之碑

 静岡県 伊東市 物見が丘
佛現寺
鰻供養之碑

東京都 豊島区 西巣鴨
妙光寺
うなぎ供養塔
 

 千葉県 市原市 潤井戸
八幡屋さん
うなぎ供養塔
 

宮城県 宮城郡 松島町
瑞巌寺
鰻塚

北海道 大沼国定公園内
鰻塚の島
鰻塚
 




















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