うなぎ雑学




うなぎ信仰 中部地方


神の使い

静岡県三島市大宮町


年間を通しておおむね温暖で、富士山からの湧き水の影響もあり、夏でも水辺は比較的さわやかです
奈良時代に伊豆国の国府が置かれ、国分寺・国分尼寺も建てられた古代伊豆の中心地です
中世(鎌倉時代)は三嶋大社(三島明神)が源頼朝の厚い信仰を受け、その門前町として発展し
近世(江戸時代)東海道五十三次の「三島宿」としてにぎわい、
箱根越えの前後に旅人が泊まる重要な宿場町となりました


三島大社


三島大社 神池






三島大社の神池の鰻は三島大明神のお使いとして捕獲が禁じられていました
鰻食の禁忌」の部分で少し紹介しましたが
三島では神池の鰻でなくても維新まで鰻食は禁忌とされ、鰻を保護し
小川では沢山の鰻が見ることができました


「東海道名所記」(1660年)浅井了意著には
『社(三島大社)より三町ばかり右のほうに、ほそき川あり(御殿川)
ここに明神の使者とて、うなぎおおし
なにほどありとも、かぎりなし
手をたたき、石をならせばきしにあつまる
猿沢(奈良の猿沢池)の鯉、鮒のごとくなり
左の報に御殿(将軍家上洛用の御殿)あり』 

①の「本朝食鑑」(1697年)人見必大著(国立国会図書館蔵)には
『豆州三島の神沼には耳の生えたうなぎがいるという。
これは老変したものであろうか』

②の「倭漢三才図絵」(1712年)寺島良安著には
『豆州三島明神前に小川が有り その鰻は幾千万数える事ができない
俗に伝うところによればこれは明神の使わした魚である』

③「東海道名所図会」(1797年)秋里籬島著には
『駅の小川には鰻多く生じて、手をうてばみなよるなり』

と書かれています、その他にも道中記や多くの俳諧でも登場します

私の子供のころ(昭和40年代)でも市内の小川の護岸は富士山の溶岩石で石垣が
作られ、その間から鰻が顔を出している様子を見ることができました



三島大社だけでなく、大社から南に向かうと梅名という場所には
三嶋大明神の伴神として、下田街道の左右に鎮座する
右内神社と左内神社があります
その右内神社には梅名川(御殿川)につながった「うなぎの池」がありました

そこには、三嶋大明神の使者と言われた鰻が川を下って集まって、
越冬をしていたと言われています
「うなぎの宮」「うなぎの杜」と呼ばれ、氏子は鰻を食べない習慣が続いていたそうです






官幣大社三島神社一ノ鳥居

 

官幣大社 三島神社            官幣大社 三島神社 神池


参考資料
三島市ホームページ
「東海道名所記」「本朝食鑑」
「倭漢三才図絵」「東海道名所図会」






近くの名勝や名物

柿田川湧水群



柿田川



うな繁 特選うな重



うな繁 特選うな重







































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