うなぎ信仰 関東地方
坂上田村麻呂伝説
樋沢(ひさわ)の大沼
栃木県 那須塩原市 鍋掛地区
JR黒磯駅から那珂川沿いに下るとすぐに鍋掛地区になります
鍋掛地区の鍋掛街道
※県道34
を下り、旧奥州街道
※県道62
との交差を大田原市方面に右折して
旧奥州街道を500mほど進むと左側に「伝説の大うなぎ 樋沢の大沼」と書かれた
案内看板があり、そこを少し入った駐車所に、由緒書きの看板が建っています
樋沢の大沼
野間の大野家文書によれば、延暦十六年(797)平安初期の武将坂上田村麻呂が、盗賊高丸追討のたけ下向し、
那須野原茶屋台(現成功山の麓)に布陣した。それより二十余町東に大沼があって住民がこの沼の鰻が
民を食い悩ますと訴えたところ、田村麻呂は人夫を集め、沼を掘り抜き干潟とし
「二十尋」もある大鰻を退治した
この事からウナギヶ沼と言うようになったという。また掘り抜いた水尻が大沼となって下へ流れず
干しあがったので「ヒサワ(干沢)という也」と地名の由来を伝えている
この沼は千二百年以上も前から常に満々と水を貯え当地の命の水として使われてきたのである
平成二十二年三月 鍋掛地域車座談議運営委員会
由緒書きの案内看板より
書き出しの「野間の大野家文書」は、その地域の旧家に残る古文書の一つで、ここでは
大野家に残る古文書です
県、役所、郷土研究者が後世に残すために保存や調査をしています
田村麻呂伝説でその土地の人に悪さをする魔物を退治をする話は多く残っています
そして、退治の後は祟り封じのため塚を建てる話が多いのですが
ここには鰻塚の伝説や名前はありません
ただ、直ぐ近くには樋沢神社や病魔退散の不動明王像があります
あまりに近いので、なにか関係があったのではないのでしょうあか
参考資料
那須塩原市文化財リスト
栃木県史料所在目録
近くの名勝や名物
寺子一里塚
黒磯巻狩鍋
乙女の滝
紅の吊橋
スッカン沢 仁三郎の滝
とて焼き
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